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蘇我の娘の古事記

 物語は飛鳥時代の645年に中大兄皇子・中臣鎌足らが蘇我入鹿を宮中にて暗殺して蘇我氏(蘇我宗家)を滅ぼした、乙巳の変から始まる。その政変が起きるまで蘇我氏に仕えていた渡来系(百済人)の船恵史(ふねのえさか)は事件の前に鎌足にその計画を知らされ、驚き震えながらも尊敬し慕っていた主君である入鹿を裏切ることとなる(一族の為に・・・)だがその入鹿の娘だけは、なんとか助け出そうとした・・・その赤子がコダマという娘で、その後、船恵史の子として育てられた。(もちろん入鹿の娘であることは一族には秘密で)そのコダマ、ある時幼子時代の辛い経験から盲目になってしまう。その目となって支えたのが船恵史の次男のヤマドリだった。歳を重ねるにつれて二人は惹かれ合っていった。しかし兄妹は妹背になることは出来ない。もどかしいまま時は流れる。ある時ヤマドリとコダマは自分たちが兄妹ではないことを知らされる・・・そして・・・


 今月3冊目の本を読み終えました。今回も本棚からのセレクトで「蘇我の娘の古事記」周防柳・著 角川春樹事務所です。初めて読んだ時の感想は👉コチラ
 その時も私の少ない読書歴の中で三指に入ると言っています。今回読み終えて、「やっぱり面白い!!」ストーリーがしっかりしています。ただ少なくない頻度で難しい熟語は出てきますが、その都度グーグルし、理解しつつ読み進めることが出来ます。そして・・・・幸福感は淡く、絶望感はより劇的に、読みながらかなり感情を揺さぶられました。また各章の終わりに語り部による、日本神話が綴られています。その中でひとつわかりにくかったのは穴穂命の神話かな~何度も読み返しますがいまいちつかめなかったです。神様の名前は長く、どの神様とどの神様がどういう血の繋がりで・・・と絡まった糸をほぐすように読まないと理解出来ません。
 物語の題名の「蘇我の娘」は前述したとおりです。「古事記(ふることぶみ)」は登場人物の船恵史が国史の編纂に関わっていて、盲目の娘コダマは目は見えないが聡耳で神話を一度聞くとすべてを覚えてしまうということから物語のテーマになっています。
 古事記の編纂についての史実としては物語の最終章に本文として書かれていますが・・・あえてこの章はいらなかったのではと個人的には思いますが・・・
 いずれにしても、周防柳さん、素晴らしい本をありがとうございます。
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ジョウビタキくん

 朝晩若干冷えてきて、昨日掛け布団に羽毛布団を出した。仕事再開までおおよそ一週間。少し早めに起きてリズムを作っておかないとキツクなるな~。 昨晩もいつものようにラジオ深夜便を聴きながら、明日の予定を思案した。明日は初めて野鳥を撮影しようと計画。私が所有しているレンズの中で最も焦点距離が長い200mmを普段は使わないα65にセットした。APS-Cサイズのセンサーなので35mmフルサイズ換算で300mmまでは寄れる計算だ。想像だがたぶんもっと長いレンズじゃないと役には立たないと思う。
 野鳥撮影は基本、朝早いほうがいいらしい・・・つまり今日は起きた時点で半分負けている。ともかく食パンにバターを一切れ載せてトーストする。表面がコンガリとしてくるよりもイラチに取り出して、さらにジャムを塗る。このバターとジャムの混ざった感じがなんとも言えず美味しいといつも思う。さらにコーンスープで胃袋を暖めた。朝晩は冷えてきたとは言え日中はまだ冬用ジャージには早いので夏用ジャージの下に長袖インナーとタイツを履く。さらにウィンドブレーカーを羽織ってから自転車に空気を充填した。
 今日の撮影ポイントは廿日市市大野町にある、妹背の滝だ。話は少しズレるが今読んでいる「蘇我の娘の古事記」に妹背(いもせ)という言葉が出てくる。妹背とは夫婦のことらしく、この滝も雄滝と雌滝がある。自宅から西へと走り、世界遺産・厳島の入り口の宮島口傍で「今日は観光客が多そうだ」なと思いながらさらに走る。
 そして妹背の滝の入り口にあたる、大頭神社前へと辿り着いた。「ん? 露店が出てるな・・・今日明日で祭りがあるんだな」 まだ設営している段階で店開きは夕方くらいからだろう。神社で幾らかのお賽銭を喜捨して二拝二拍手一拝。「少しお邪魔して野鳥撮影します」と。 自転車を押しながら雌滝の滝壺の傍まで進む。適当な石に腰をかけて、ザックからカメラを取り出してレンズフードを付けてから役者の登場を待った。「鳴き声すらしない・・・」 辺り窺いながら15分くらい待ってみたけれど、一羽も姿を見せてくれない・・・この時の時間が午前11時半頃、「やっぱ・・・寝坊助には幸運はないか」 諦めてカメラをザックにしまってから来た道を帰ることにした。「そういえば、こないだメジロが居た柿木のあるポイントがあったな・・・」 「そこへ寄ってみるか」
 昼飯時を過ぎて腹も減って来たが、胃袋が軽いほうが本当に自転車は楽なのだ。クルクルと回る。やがてそのポイントへと着く。先ほどの妹背の滝の時と違い、囀りも鳴き声も姿もあるので何種かは捕捉出来るだろう。ザックからカメラを取り出して色々な方向へと探りを入れた。メジロが居るには居るが木々の間で鮮明に撮影出来ない。すると腹のオレンジ色の小鳥が現れた!!
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 ジョウビタキの雄だ!! このレンズで寄れるのはこの程度か・・・ やはり機材の限界があるな~ ピントもブレてるし。でも初野鳥撮影で小さくでも撮れて良かった。 本気でやるなら色々とお金がかかりそう・・・なにかにつけて中途半端な私。そこまで投資は出来ないが、もう少しだけ長いレンズがあってもいいような・・・

 普段の神社仏閣めぐりもいいが、たまには野鳥撮影に重点を置いたポタリングも楽しいかもしれないね。

走行距離・・・39.24km   最大心拍数・・・122



鉄道と手作りカード

 可部(かべ)という街へ広島市内から入る時、必ず通る橋がある。今季初のウィンドブレーカーを羽織、家を出てから平和公園に立ち寄ったあと、ホームコースの川沿いの道を北上するとその場所に着く。太田川橋(おおたがわばし)・新太田川橋・JR可部線太田川橋梁の3本の橋が架かっている。せっかく鉄橋の近くまで来たし、光線の具合も悪くない。「少し待って可部線車両を撮ってみよう!」 近くの草むらにバックを置いて、カメラを取り出して外付けEVFを取り付ける。普段動体を撮影することが少ない私はAFをシングルにしているが、今回は久しぶりに追尾式のAFに設定し直した。さらにワンショットから連射モードにし、「さぁー来い!」 しばらくして近くの踏切が鳴り出す。どうやら狙い通り可部方面から市内方面への上り電車が来る・・・
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 撮影を終えてまた漕ぎだし、可部の街の入り口にあるセブンイレブンでエナジージェルとお茶の紙パックを買い、バックにしまう。平和公園でベンチに座りながら今日の目的地を決めていた。可部駅の東口のほうにある浄土真宗の寺院、「桐原山・品窮寺」(ほんぐうじ) 可部の古きよき街並みを走ると迷う事なく寺院に辿り着いた。
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 いつものように「初めまして」とお参りを済ませ、自転車を適当な場所に止めて、本堂入り口の階段に腰を据えてから、先ほど買った昼飯を食べた。食べ終わって帰ろうとするとどこからともなくキャップを被った小柄な眼鏡の老人が近づてきて、「ようこそ可部にきんさった・・・これあげるけー自転車にでも付けてや」と手作りのカードをくれた。
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 今日は日曜日ということもあって多くのローディーに出会ったな~ みんな速い!

走行距離・・・45.36km   最大心拍数・・・119



やめられないとまらない

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 かっぱえびせんで有名な「カルビー」という会社の前身は1949年に広島県広島市で松尾糧食工業(株)として誕生しました。それから1955年にカルシウムのカルとビタミンB1のビーを組み合わせて社名をカルビー製菓(株)に改めたそうです。かっぱえびせんやサッポロポテト、ポテトチップスとヒットが続き会社は成長し、現在は東京都千代田区丸の内に本社ビルがあるとのこと・・・
 創業の地が広島ということで今日はポタリングの目的地にしました。3枚目の写真は工場の裏手の海沿いの道で広島市内方向を望んでいます。








GHQ/ゴー・ホーム・クイックリー

 最近の読書は本棚からの再読かAmazonを使っての中古本の購入の二択になっていた。先日久しぶりにいきつけの書店に立ち寄ると平積みにされている文庫や単行本が輝いて見えて、やっぱりたまには店舗に立ち寄って新しい風を入れないとな~などと楽しみながらフロアを回った。その輝く新刊の中から一冊の文庫本を手に取る。私の普段の書店での本の購入に至るプロセスはまず知らない作家さんの本、そしてタイトルが今現在の自身のアンテナに反応するかの二点なのだ。今回は意外な選び方をした。装丁から選んだのだ。イラストに吉田茂とマッカーサーが描かれていて、タイトルは「GHQ(ゴー・ホーム・クイックリー)」 中路啓太・著 文春文庫。数ページさらさらとめくってみると現在の日本国憲法の誕生について当時の法制局官僚を主人公に書いているようだ。近年、日本においても憲法改正議論は注目されるテーマの一つだということもある。しかし単純に改憲派や護憲派のどちらかの視点で書かれている本ならばきっと買わなかっただろう・・・

 現在の日本国憲法の草案が協議された時世はまだ戦争の戦後処理の影が残っていた時代で、占領軍である連合国(主にアメリカ)がまだ日本の中枢にいて、決して新しい憲法を日本人だけの力で制定させることは出来なかった。第一案として日本人が考えていた草案はGHQによって大きく修正が加わる。そのGHQの中心にいたグループはF・ルーズベルト政権においてニューディール政策の担い手達で極めて社会主義政策の強いニューディーラーだった。大きな戦争を経験した人類がこれから目指す理想的な世界と国家をこの日本で造ろうとしたと言えば少し美化しているが・・・

 この当時の日本の国の中の空気として「もう戦争は嫌だ!」という気持ちがとても強かった。もちろんこの事が新しい憲法が広く国民に好意的に受け取られたようである。しかし大まかに言って現在の憲法はGHQの影響が色濃く残っている。やはり乱暴な言い方をすれば「押し付け憲法」なのかもしれない。この本ではノンフィクションでそのGHQと内閣との折衝が事細かに書かれててそのまま連続ドラマに出来そうなほど熱いストーリーになっている。敗戦国である日本が、なんとかして自分たちの誇りを新しい憲法に残そうとして粉骨砕身に折衝にあたるシーンは戦後政治家や官僚のプライドを感じる。

 「あの憲法は、押し付け以外のなにものでもない。その事実は独立してからは、米軍が居座っていようとも、やがては知れ渡ることさ。ありゃー素人が作った代物であることは間違いない」
 「だがね。素人の作ったものであるにしても、あの憲法には筋道の通ったものだとは思う。プリンシパルがしっかりしていると言うかね。そのプリンシパルが、日本にとってよいものかどうかは意見がわかれるだろうが」 本文・白洲次郎の言葉からの引用

 読後初めて知ったことが数多くあって、憲法に対する認識が深まったのでとても良かったと思う。

 GHQを「ゴー・ホーム・クイックリー」だと洒落たのは時の総理大臣 吉田 茂
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