駅前旅館

昨日から降り続いている雨は私の休日をも濡らしている。

形容するならばシトシトと静かに降る上品なものである。

近年、俗に言うゲリラ豪雨は恐ろしさというものを含み、品のある趣はない。

そもそも雨に品があるかどうかということはさておき、私は自転車に乗ることを諦めなければ

ならなかった。 

少しだけ朝寝坊したが起きて洗面と朝食を済ませ、パソコンに電源を入れて読みかけの本を読み始めた。

わからない熟語や漢字は検索を入れて突き詰めることにしている。

頭の中に初めてインプットされるそれらの言葉が次に出てくるのがいつになるのかは私にもわからない。

午前中の時間の進み方は午後よりも早く感じ、そして私はゴソゴソと食事に出掛けた。

ツルッと終えた食後はまた机に向かい本を読む。




今月2冊目の本を読み終えた。

「駅前旅館」 井伏鱒二・著 新潮文庫

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駅前旅館の番頭を務める生野次平を主人公に旅館業界のウラの話や、同業仲間との繋がり、

宿泊人とのエピソードをユーモアたっぷりに井伏節で書いてる。

井伏鱒二の作品は以前、「山椒魚」という本を読んだことがあるのだがその時

読み終えて、ダンディズムという言葉が頭に浮かんだことを思い出す。

感覚的に井伏氏の文体に幼稚な言葉でいうなら「カッコ良さ」を感じた。

今回の作品は昭和30年代初頭の話で、私が生まれる前のことでリアリティーはなかったが、

時にガヤガヤとした、時に哀愁を感じる、番頭稼業のなんたるかを興味深く読み進めることが出来た。

平成29年の現代、駅前の旅館はビジネスホテルへと取って代わった感はあるが、地方へ行くと今でも

そんな老舗の旅館がひっそりとあるのかも知れない。






また旅に出たくなったな。。。

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禅寺

今時期街中を走っていると家々の軒下にしめ縄と紙垂(しで)を見ることが出来る。

それぞれの氏神様が秋の例大祭をむかえているからだ。

10月が神無月と呼ばれているのには神様がこぞって出雲の地へ赴くという一説がある。

だから出雲では神在月となる。 なぜ神様が居ない時期に例大祭か?と疑問を持つも

明確な解答は調べきれなかった。

午前8時。 eシフトの隙間を見つけて街ポタへ出発。

空は今にも降り出しそうだったが、雨雲レーダーを見ると大きなものはなかった。

いつもの坂トレのコースはとらず、広島駅北口近くの寺院へロックオン!

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曹洞宗・広島山・聖光禅寺(しょうこうぜんじ)

「聖光寺」は山号を洞景山と称し、広島県唯一の曹洞宗大本山総持寺(そうじじ・は神奈川県横浜市鶴見区鶴見二丁目にある)元輪番地(元輪番地とは総本山から資格を認められた寺院をいう)です。応永元年(1624年)現在の広島市中区小町に移転。寺基(ビルで言う礎石・・・建造物の土台となって柱を支える石のこと)を定めました。

昭和20年8月原爆で全堂を焼失。昭和50年(1975年)現在地の瑞川寺と合併し寺号を聖光寺として再出発しました。

もう一つの伝説がこの寺にはあります。元禄14年(1701年)赤穂義士討ち入り後、寺坂吉右衛門が仇討ち成就の知らせを国元の広島藩浅野家に報告し、持ち帰った大石内蔵助父子の遺髪を浅野家菩提寺の国泰寺に葬って欲しいと申し出たところ、罪人故、浅野家は遠慮し瑞川寺に葬ることになったというお話。だから境内には大石内蔵助父子の供養墓があります。





帰り道。 やっぱり濡れることになった。。。(T_T)


Dst・・・21.38  Av・・・15.2  TREK・FX3







朝日に輝く

朝日が昇り始めた午前7時。

こんなに早くライドに出発するのは寝坊癖の私には珍しい。

最近お気に入りの2時間コースのモーニングライド。

コースの前半の登り坂はほとんど心拍を上げることなく頂上のコンビニエンスストアへ。

アクエリアスのショートボトルで喉の渇きを潤し、体脂肪低下を期待させるお茶をボトルに詰め替えて、

後は下り基調のコース後半だ。

山陽自動車道五日市インターチェンジ入り口の一つ前の交差点を左折すると、

石内(いしうち)地区に入る。

交通量の多い幹線道路から一本東側の県道290号の旧道を走ることにしている。

この辺りの風景には何度来ても癒される。

お裾分け・・・です。

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田園風景の中を走りながら、ふと北の空を見上げると消え入りそうなお月様がぼんやりと浮かんでいた・・・


Dst・・・19.09  Av・・・15.01  TREK・FX3











国境の島

昨日は一日中雨が降っていた広島でした。自転車に乗るのは早々に諦めて部屋で読書に耽ることにしました。

今読んでいる本は?

「聖地巡礼」コンティニュード・対馬へ日本の源流を求めて!

内田樹×釈徹宗・著  東京書籍  です。

昼飯に海田のインド料理店に寄って、帰りに本屋で新しい本を一冊買った以外は部屋に籠っていました。

夜に読み終えたのでその感想を少しだけ・・・

対馬(つしま)は福岡県の北に位置し、韓国・釜山にも近い長崎県に属する国境の島です。位置的には?

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この本を手に取った私はそこに行ったことがなく、どんな所か興味が湧いたからというのと、

古代日本において北部九州や出雲が重要だった時代、ここ対馬も大陸との懸け橋としての

重要な位置にあったということを知りたかったからです。

本の構成としては思想家の内田氏と宗教家の釈氏、そして対馬の案内人、永留氏の旅行中の

会話をそのまま録音して書き下ろしたものとなっています。

位置的に韓国釜山のほうが近いので大陸の文化が多く香る場所かと先入観がありましたが、

そうではなくて日本本土よりもより日本的な聖地が多く点在している場所のようです。

農耕というよりも海民の島であり、神社に祀られている神様も海にまつわるものが多いのです。

もちろん、大和政権の時代から江戸幕府の時代まで、大陸の朝鮮・中国との外交的に懸け橋となっていて、

貿易という面からも他国との繋がりなしでは存在しえない島であったと言えます。


読みながら対馬の色々なパワースポットを巡る旅を追体験出来るようでした。

それらのスポットは俗っぽく観光地化されておらず、それぞれの時代の様子を原型として

残している場所が多いというわけですね。


対馬という国境の島へ行ってみたくなりました。∠( ^ o ^ ┐)┐ ヨォ…

自転車を持って・・・


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大塚観音堂

「鈍行列車、出発進行!」と幼稚なセリフを心の中で呟く。
午前9時の10分前、私はDSに跨りポタリングに出発した。
もう肌寒いと言っても良い気温になっている。今までは日焼け止めに使っていたインナーが防寒の意味をもつ。いつもよりもスローペースで北上する。途中いつものコンビニでお茶をボトルに詰め替える。そうか、今日は日曜日なのだ。通勤の慌ただしい雰囲気なく、ゆったりとした時間が流れていく。

JR山陽線の西広島駅を過ぎると右手に太田川が見え緑が多くなってくる。自転車に乗った二人連れの少女が横断歩道の向こうで待つ友に大きく手を振っている。若い彼女達がこれからどんな日曜日を過ごすのか中年男には想像が出来ない。

しばらくすると安佐南区大町という地区に入る。そこら辺りで出発から一時間。あまり疲労感はないがコンビニがあったので一度立ち止まり、カフェラテを注文し、DSの傍で立ったまま飲む。セブンイレブンでドリップコーヒーが100円で飲めるようになってどのくらいが経つのだろうか?カフェラテに関して言えば私はローソンのそれのほうが好みだ。だから最近よく飲む。一息ついてさらに先へとペダルを回す。以前立ち寄った長楽寺の傍を走り、安佐南区大塚地区へと到着した。

昨晩、文庫地図を見て行くことを決めた大塚観音堂を探す。話はそれるが、この辺りには黄金に輝き、頭を垂れる稲穂を蓄えた田が広がっている。私はこの風景がとても好きだ。弥生時代に稲作の文化が大陸からやってきて以来、脈々と連なる日本人が目にしてきた風景である。もはやDNAと言っても良い。田には水が必要で近くを流れる川から引水する。豊かな水、そして手間暇かけて育った稲、青い空(今日は曇っていたが・・・)そんな中を自転車で走る快感というか安堵感はなんとも言えず良いものである。


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そのお堂は少し小高い丘にあった。
最初に梵鐘が目に入ったが、そのお堂が目的地の観音堂か境内に入っても確信が持てないでいた。するとお堂の傍で一人の老女が枯葉の整理をされていた。後ろ向きのその老女に私はおもむろに声をかけた。

「このお堂は大塚観音堂ですか?」

少し驚いた様子の老女は振り返り、

「そうですよ。ようこそお参りくださいました。ここの世話をしている方は留守ですが、どうぞごゆっくりお参り下さい。」

とても柔和な笑顔で迎えてくださった。

私は拝殿へと続く小さな階段を登り、その前まで行き、ヘルメットとグローブを外し静かに手を合わせた。

このお堂に祀られているのは木造十一面千手観音立像で広島市の指定重要有形文化財となっている。少し長くなるが説明文を引用しておこう。

頭部と体部の主要部を一材から彫り出した一本造の技法が用いられており、さらに乾燥によるひび割れを防ぐ為、背中と下半身から内部がえぐられていて、胎内には鋳造阿弥陀如来立像が納められている。これらのことから、製作年代は平安時代後期、少なくとも鎌倉時代初期のものであろう。この像は南北朝時代、この地を領有していた大塚氏と関係のある仏像と伝えられている。いづれにしても、この小堂に納められている仏像は、何百年もの間、多くの人々の強い信仰心に支えられて守られてきたものであり、この地域に根付いた文化を発展させる上で大切な役割を果たしてきたと思われる。

千手観音の正式名称は千手千眼観自在菩薩である。千は数ではなく無限という意味で、広大無比な救済の能力を表している。信仰が定着したのは平安時代以降で、あらゆる願いを叶えてくださるが、特に病気平癒や延命、減罪の功徳で人気となったそうだ。

私事ではあるが、ここ一週間くらい歯痛に悩まされている。初対面で大変厚かましが、そのことも含めてお参りさせて頂いたのだった。

枯葉の整理に集中しておられた老女を、申し訳ないがもう一度振り向かせて、お礼を述べてお堂をあとにした。



もう刈り取りが始まっている田もある中を私は心地よい気分で風となったのである・・・・


Dst・・・35.43   Av・・・15.2   TREK・8・5DS