FC2ブログ
スポンサーサイト



海峡さんぽ

20200107jja1.jpg


20200107jja3.jpg


20200107jja2.jpg


2020年1月7日 撮影     下関の街にて・・・




自転車に乗らないおっさんの休日

 「この国の民主主義は形だけでいいんだ!」

 遅い夏休みということで今日、明日と連休を頂きました。秋雨前線の影響で両日ともの雨。雨。 家人の都合もあり旅行にも行かず、これは部屋で読書三昧かと思いましたが、せっかくなので、久しぶりに映画館へ映画を観に行くことにしました。徒歩で3分ほどの市電の駅から路面電車に乗り、市内中心部へと向かいました。13時半頃の車内はとても平和で、お年寄りや若い女性が、買い物かなにかは知りませんが揺られています。3人連れの若い女性グループの一人が、後から乗って来た老女に席を譲り、その後で話し込んでいる姿が微笑ましかったです。広島の路面電車は客どおしの距離感が近く、まさに広島家族と言った感じです。そんな様子を横目に窓の外を眺めていると、灰色の空からシトシトという音が聴こえてきそうな雨が路面を濡らしています。
 やがて電車は映画館の近くの停留所に止まり、交通系の電子マネーを「ピッ」とやり降車。まだ上演まで時間があったので、東急ハンズで何を買うでもなくブラブラして、時間を潰しました。上演時間の30分前に受付で鑑賞料を払い、全席指定の席から選び、開場を待ちながら、コーヒーを飲みました。開場の15分前には満席になり、もう新たな客は受け付けなくなりました。「結構、人気があるんだな・・・この映画」 

 私の中学時代の社会科の教師は濃い日教組で、その時期の教育の影響もあり、私のイデオロギーも中心よりもやや左よりにあります。ただその教師の影響だけでなくて、広島という土地もそうであったのかも知れません。今日、鑑賞した映画は「新聞記者」という映画です。以前、東京新聞の記者の望月衣塑子氏の著書を読んだ事があり、その本を原作にしたこの作品に興味が湧きました。
 いつも大学時代に教授から「ここは幼稚園じゃーないよ!」と怒鳴られていた記憶が今も残っています。私は本当に幼稚で精神的に幼いといつも思っています。そんな私が難しい本やこう言った映画を観るということが、どうにも背伸びしている気持ちがないわけではありませんが、それでも欲求の赴くままに観て読みます。

 映画は国家権力が自分たちに都合がいいように情報操作をして、国民を欺いていく・・・その国側の組織の官僚の中にもそういった国の姿勢に疑問を持ち、立ち向かっていくというもので、その若い官僚を松坂桃李が演じています。しかしその官僚にも愛すべき妻がいて、子供がいて、家庭を壊してまで意地を通して行けるかと言えば、それはとても勇気がいることで・・・
 なかなか骨のある作品でした。
20190827ttx1.jpg

 鑑賞後、明日も休みという緩みもあって、前からやってみたかった、「一人居酒屋」にチャレンジしました。生中を呷り、焼き鳥を数本ツマミにほろ酔い気分で帰宅しました。。。


墓参り

 わたくし、いつもは広島の観光課長みたいな記事をあげていますが、実は出生地は広島ではなく、九州は豊後の国、関アジ・関サバで有名な佐賀関(さがのせき)の生まれであります。つまり母親の実家がそこにあるわけです。昨日、今日と連休を頂いたので、その佐賀関は一尺屋村に墓参りに行ってきました。今回の旅は自転車は車載せず、ミラーレスと最低限の荷物です。広島は廿日市(はつかいち)ICから高速道路に入り、山口県を横断。やがて道は関門海峡を渡り、北九州へと続きます。道中は平日ということもあり、渋滞には合わず、1時間ごとに小休憩を入れつつ走ります。 北九州辺りのSAで、とんこつラーメンと半チャーハンという体重増加の4番バッターと言った昼食をとり、大分県へと入ります。以前は一度、高速道路を降りて一般道を走るといった行程でしたが、道路整備が進み、目的地の臼杵(うすき)ICまで一度も高速道路を降りることなく進めます。
 温泉で有名な別府のサービスエリアでコーヒーブレイクを入れた時にカメラを取り出して一枚、二枚撮影しました。

20190523jsa3.jpg

 この日は若干のかすみはありますが、よく晴れていて遠くまでしっかりと見通せました。写真、手前側の街並みが別府市でさらに奥側の街並みが大分市となります。このサービスエリアでの休憩を最後に臼杵ICまで行きます。そこで高速道路を降りて、一般道を北上し、目的地の佐賀関・一尺屋地区まで走ります。私が子供の頃に祖父祖母の家に行っていた頃は、まさに陸の孤島と言った感じで、道中の道幅もせまく、ド・・・がつく田舎でしたが、今回の道中は道幅も拡幅されていました。まぁー集落の様相は以前と変わってなく、限界集落と呼ばれるものと思います。
 以前、祖父、祖母が住んでいた家は今も存在します。今は人が住んでおらず、傷みはもはや修復出来ないレベルに達していました。仏壇にお参りさせてもらって、墓のある小高い場所までトボトボと歩きます。フト足元を見ると家々を分ける境界標にリボンがしてありとても目立っていました。この一尺屋地区、海に面しており、いざ大地震があると津波の心配がかなりの確率であるのであります。その時の土地所有の所在を明らかにする意味でも、境界標をはっきりさせているようです。
 さて、祖父・祖母が眠る墓に手を合わせて、海のほうを振り返って、カメラを取り出して撮影します・・・

20190523jsa2.jpg

 この地にはまだ親戚の方が住んでいます。久しぶりの再会でありますが、やはりご高齢なので、次に会えるとは限らない思いも重なって、重みがある感があります。

 人は必ず老いて、やがて骨となります。それとともに家も朽ちてしまうことを思うと、しょうがないとは言え、とても寂しい気持ちになりました。
 でも今回、墓参りに来ることが出来て良かったな・・・・と思います。