FC2ブログ

カレーライス最終話

 ノズルが仕事を終えて帰ってくるのは夜遅い。仕事のシフトは20時か21時あがりで、そこから夕食を食べ始めるので以前はかなり脂肪がつき体重過多だった。数年前からダイエットを始め、85キロあった体重は72キロまで落ちた。いつも帰宅する前に立ち寄るコンビニエンスストアで炭水化物を抜いたおかずを数点買い、質素に食べるのが常だった。
 だからカレーを自炊するのは休日になる。今日もポタリングを終えたノズルが台所に立って野菜を切り始めた。その時である。携帯電話のアラームが心臓を射抜くように鳴った。緊急地震速報だ。鳴り終わるか終わらないかという瞬間に足元がグラグラと揺れ始めた。ノズルは即座に包丁を離し、食卓に手を突き倒れないように姿勢を屈めた。揺れは20秒ほど続き、決して小さなものではなかった。「ゴツンッ!」 床にしゃがみ込んだノズルの頭に食器棚の中から何かが落ち当たった。痛みを感じながら揺れが収まるのを待った。我に返ったノズルが頭に当たった空き瓶を見た。瓶には母親の字でラベルが貼ってあった。
 「カレー用」と・・・
 
 「そうか! コーヒーだったのか!」 ふとテレビの上の遺影を見ると、母が優しく微笑んでいた・・・
 ノズルの目には涙が溢れていた。瓶が当たった痛みだけではなかった。

 その夜、私の住処にヒラヒラと固形の餌が舞い降り、部屋は闇に包まれ、静かにポケットラジオの音が流れていた・・・

                          ~ 完 ~

スポンサーサイト

カレーライス第5話

 とある休日。昼間は好きな自転車に乗り、ストレスと言えるほどではないものを解消した後、夕食の自炊の準備を始めた。牛肉、ジャガイモ、人参を炒めてから煮込みを開始する。しばらく撮り貯めたドラマを観ながら缶ビールを呷った。ドラマがCMに入った頃、おもむろに一時停止ボタンを押し、キッチンへと向かう。鍋の蓋を開けて、フォークでジャガイモを一突き。「よし!火は通っている」。ルーは手作りではなく市販の物を使う。それは母が使っていたものを憶えていたのでベースとなる味は一緒だった。完成間近となったカレーに母が放った隠し味・・・それがわからなかった。今日もノズルは一つだけ試してみる。 「蜂蜜かな?」
 完成したカレーライスを独り食卓に座り、黙々と食す。一口、二口進め首を傾げた。「違うか・・・」と誰にも聞こえない声で呟いたのだった。


カレーライス第4話

 そんな父と母が帰らぬ人となったのは今から5年前の秋だった。新婚旅行にも行かなかった両親だったが、結婚45年を記念して、どこかへ行こうと母が言い出した。父は最初渋っていたが、結局母の説得に応じ旅行に行くことになった。飛行機は羽田まで飛び、そこからは新幹線を使って東北へという行程だ。
 事故はその飛行機で起きた。エンジンのトラブルで途中の空港へ緊急着陸を試みたが、その手前の山が最後の場所となった・・・
 あまりに突然の事だった。ノズルはほぼ天涯孤独の男となってしまった。それから4年ほどは好きだった自転車にも乗らず、休みの日もボッーと過ごすことが多くなった。両親を愛していた分、悲しみも大きかった。
 そんなノズルが決まって月に一度、夕食にカレーライスを作ることにしていた。カレーライスは元々好物だったし、色々な専門店の味も知っていた。しかし、ノズルは母のカレーライスがもう一度食べたかった。試行錯誤してその味を再現してみようとしたが、最後にあと一味の隠したものがわからなかった・・・


カレーライス第3話

 主の父は誠実で寡黙な人だった。町工場の職人として45年に渡り勤めあげた。冗談などを言う父ではなかった。仕事を終え家に帰ると母が作った漬け物や冷奴でコップ一杯の酒を呑んだ。贔屓の球団のテレビ中継があるとそれをツマミにもした。敗戦が濃厚になるといつもよりも早く眠気が訪れて、母と一言二言喋り、「そろそろ寝る。」とだけ言って二階の寝室へとあがった。そんな父に確かな愛情を感じ、そして幸せだった母がいた。
 父と母が見合いで結婚したのが二十歳過ぎの頃だった。ほとんど冗談やユーモアはなかったが、それを引き算しても有り余る好人物だということを母は出会って一瞬で見抜いたのだった。
 主が生まれたのは昭和47年8月の事だった。遅れたが主の名前はノズルと言う。両親にとって最初の子供で兄弟はその後もつくらなかった。ノズルが三つの頃、贔屓のプロ野球球団が初優勝して、それを観ていた父が涙を流していたのを三つのノズルは覚えていた。
 ノズルが幼稚園を卒園する頃、母はパートの仕事に出ることにした。近所の青果市場の青果問屋の仕事だった。父が寡黙だった分、母は明るく社交的な所があったので職場にはすぐに馴染めたようだった。
 母は夕方に仕事を終えるとその足でスーパーマーケットに寄り夕食のおかずを一つ二つ買い帰宅した。母のつくる料理でノズルは好物と言ってよいものがあった。それはカレーライスだ。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、牛肉。特に変わった具材が入っていたわけではなかったが、コクがあり、スパイスの効いた辛さも程良いものだった。
 そのカレーにはノズルの知らない隠し味が一つだけあった・・・

カレーライス第2話

 ある朝を迎えた。私が住んでいる水槽に灯りが灯るのは主が起きてすぐである。主は出勤時間がまばらなので起きる時間は決まっていないが、必ず午前5時、午前6時、午前7時とアラームを鳴らす。だから私の一日の始まりは午前7時を過ぎたあたりからだ。
 寝ぼけ眼の主は私には一切関心を示さず、洗面を済ませ、下の階へと降りていく。食パンがあればそれを、それがなければ茶碗一杯の白米を昆布などを添えて食べる。私の食事も固形フードで変わり映えしないが、人間の食べ物も普段は餌に近いものを食べているようだ。
 食事を終えた主はまた部屋へと上がって、今度は制服に着替える。何事につけても心配性な性格の主は時間についてもそうなのだ。30分で着く職場に1時間30分前に家を出る。余った時間は職場の手前のサービスエリアでつぶしているようだ。
 今日も主は出勤していった。誰も居なくなった部屋で私の世界は静かに時を刻む・・・