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カレーライス第3話

 主の父は誠実で寡黙な人だった。町工場の職人として45年に渡り勤めあげた。冗談などを言う父ではなかった。仕事を終え家に帰ると母が作った漬け物や冷奴でコップ一杯の酒を呑んだ。贔屓の球団のテレビ中継があるとそれをツマミにもした。敗戦が濃厚になるといつもよりも早く眠気が訪れて、母と一言二言喋り、「そろそろ寝る。」とだけ言って二階の寝室へとあがった。そんな父に確かな愛情を感じ、そして幸せだった母がいた。
 父と母が見合いで結婚したのが二十歳過ぎの頃だった。ほとんど冗談やユーモアはなかったが、それを引き算しても有り余る好人物だということを母は出会って一瞬で見抜いたのだった。
 主が生まれたのは昭和47年8月の事だった。遅れたが主の名前はノズルと言う。両親にとって最初の子供で兄弟はその後もつくらなかった。ノズルが三つの頃、贔屓のプロ野球球団が初優勝して、それを観ていた父が涙を流していたのを三つのノズルは覚えていた。
 ノズルが幼稚園を卒園する頃、母はパートの仕事に出ることにした。近所の青果市場の青果問屋の仕事だった。父が寡黙だった分、母は明るく社交的な所があったので職場にはすぐに馴染めたようだった。
 母は夕方に仕事を終えるとその足でスーパーマーケットに寄り夕食のおかずを一つ二つ買い帰宅した。母のつくる料理でノズルは好物と言ってよいものがあった。それはカレーライスだ。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、牛肉。特に変わった具材が入っていたわけではなかったが、コクがあり、スパイスの効いた辛さも程良いものだった。
 そのカレーにはノズルの知らない隠し味が一つだけあった・・・
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