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ハクセキレイの足音

 夏。全国の中学、高校の吹奏楽部はコンクールに向けて青春の炎をメラメラと燃やしている。県大会で金賞ととり、さらに代表権をとると支部大会へと進むことが出来、その支部大会で代表権をとると、吹奏楽の甲子園と言われている東京の普門館での演奏を許されるのだ。
 ノズル達、音大生のアルバイトと言えば、音楽にはまったく関係のない仕事もあるけれど、中学や高校の吹奏楽部のトレーナーとして呼ばれることも少なくない。2年生になったノズルも地元の高校へと招聘された。
 「じぁーBの4小節前からこのテンポでやってみよう~」メトロノームを適当に合わせて鳴らし、学生達の音に耳を澄ます。(うーん、セカンドの彼女、タンギングが不明瞭だな。)コンコンと机を鳴らし、音を止めて、「もう少しだけハッキリとタンギングしてみようか。」「それとアインザッツを揃えてね」「じぁーもう一度」 「はいっ!」と学生達が元気よく返事をする。学生達はこの先生がどんな風にどんな音色を出すかとても興味があるので、基本的には自分も音出しをして指導する。注目されてもいるし少し緊張する瞬間でもあった。
 「田上くん、どう?まとまってきた?」顧問の松木先生が尋ねる。「そうですね。全体的にミスも少なくなってきたし、音もよく出てます。あとは一部不明瞭なアタックとコラールの音程ですね。」「そうか・・・よろしく頼むね」「あっ・・あと30分後に合奏するから」「わかりました」
 高校にトレーナーとして呼ばれた音大生の中にはノズルと違う学校から来ている人もいる。クラリネットの講師の小野田喜美はノズルとは出身高校が違うし、通っている音大も違う。指導の合間にノズルが自分の練習を屋外でしていたら、彼女が話しかけてきた。「田上さん、それ誰の作曲?」いきなり話しかけられて少し戸惑ったノズルは演奏を止め、「ザクセという人のコンチェルティーノだよ」 「いきなり話しかけてごめんなさいね。私、クラリネットの講師で来ている、小野田です。高校は田上さんの出身の近くなんだよね」「あっ・・・観音寺高校かな」「そう!あたり。田上さんは植野高校だよね!」小野田がこれ以上ないほどの笑顔で答えた。これが後にノズルの初めての彼女となる人との出会いの瞬間だったのだ・・・つづく。

 
 これほど人の少ない平和公園は初めてかもしれない。いつも立ち寄るタリーズへはなんとなく寄る気にならず、川沿いのベンチに腰をかけ、途中で買ったやや甘い缶コーヒーを開けた。川面に目をやると水鳥が潜ったり顔を出したり気持ちよさそうだ。ベンチの上に覆っている桜の木はまだまだ蕾にもなっておらず、今年の出番を待っている。今年はお花見の人手ももしかしたら少ないのかもしれない。ここ広島でも先日、コロナウィルスの感染者が出た。マスク、手洗い、うがいは丁寧にやらねばと思う。
 朝、早めに家を出たのでこのままタージ海田店さんへ行くと早く着き過ぎてしまう。「ちょっと遠回りで港湾地区へ寄ってみよう」しばらくして広島港へと辿り着き、またベンチに腰を掛けて黄昏る。正面には似島(にのしま)という小さな島を見、3つほど右手のベンチでは老女が鳩やすずめにパンくずのようなものを与えている。ふとベンチの後ろを見ると、ハクセキレイがなんの警戒感もなくペタペタと過ぎていく。「まったく・・・かわいいんだから君は」 前々回の記事で野鳥観察をしてみて、双眼鏡が欲しくなっている。高価なものでなくてもいいからコンパクトなものを一つ買おうと思う。
 タージ海田店までの道のりは少しだけ勾配のある坂を登った。心拍を見ると118をさしていた。ものの本で読んだが、体の調子がいい時はスムーズに心拍はあがるらしい。最近、スピンバイクも乗っていないし、心拍の上がり方も鈍い感じだ。さて、本日のカレーはポークで辛口、ライスで頂く。BGMのヒンドゥー語に合わせて厨房から歌声が小さく聞こえる。
 ここからはいつもの定番コースをなぞった。 手作りソーセージの「グリュックス シュバイン」さんで生ソーセージを贖い、今日の目的地へと向かう。
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(八幡神社)やはたじんじゃ。御祭神 宇迦之御魂神・伊邪那美神・須佐之男命・大穴牟遅神・大歳神・火明神・奥津彦の神・五男神・三女神・帯中津彦神・品陀和気神・大雀神
御由緒
当神社は、広島市佐伯区八幡、利松、八幡東、八幡が丘、薬師が丘、城山(折出)、美鈴が丘の氏神社である。
即ち旧八幡村であって、利松、寺田、保井田、高井、口和田、中地(寺地、中須賀)の各地区の氏神社は、明治四十一年一村一社という国の勧奨に従い、合併合祀が勧められた。
保井田村社大歳神社、境内社竈神社、寺田村社宝神社、利松村社新宮神社、無格社古保利神社、口和田村社大歳神社、高井村社稲荷神社、寺地村社稲荷神社の合併が行われて、神社名を「村社大正神社」とした。昭和三年に中須賀村社八幡神社を合併して「村社八幡神社」と改称した。
合併した各社とも縁起等不詳であるが、保延時代(1135)の鎮座、或は応永三二年(1444)勧請と伝える社、正徳元年(1711)再建の棟札のある社、又中須賀村社八幡神社は古老伝として、神宮皇后西征より御帰還のみぎり御船着きし給う由縁により鎮座と伝えている。 御由緒書きより・・・

走行距離・・・65.24km   最大心拍数・・・138




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コメント

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オトシンさん、おはようございます。

えっと、吹奏楽とかやられてたんですか?
いやね、私なんか全然知識無いから
練習風景の描写なんて、経験者じゃないと
書けないんだろうな~っと

Re:音楽畑に

> オトシンさん、おはようございます。
>
> えっと、吹奏楽とかやられてたんですか?
> いやね、私なんか全然知識無いから
> 練習風景の描写なんて、経験者じゃないと
> 書けないんだろうな~っと

三島の苔丸さん、おはようございます。
そうなんです。私の前半生はどっぷり音楽畑にありました。
今回の小説はフィクションもありますが、体験からの事もあります。
コメントありがとうございま~す。。。
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