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人類の悩み

 生きていれば事の浅い深いはあれど悩みがあるものと思う。今までは各々その悩みに立ち向かっていた。そのうえに人類の悩みと言えばいえる新型コロナウィルスである。その悩みは知っての通り、国籍は関係ない。さらにいがみ合っていた中東の組織すらその争いを一時休戦するとか言っている。コロナを恐れるくらいなら殺し合いはやめればいいのにと思った。毎日毎日テレビでは増加する感染者数を報じ、政府の対策を一応に批判などし、専門家は国民に行動の指針を示す。しかし冒頭で述べた各々の悩みが消えたわけではない。コロナという事象をもって国民や大げさに言えば地球人は以前よりも頭の中がよりシンプルに繋がっているのかもしれない。あとは治療薬なりワクチンの開発されることに人類は英知を結集するだけだ。
 そんな事を哲学しながら私は今日も走る。自宅を出てしばらくすると野鳥の観察が出来る、川沿いに差し掛かる。先日買った双眼鏡を取り出して川面に漂う、おおまかにくくるとカモを引き寄せた。それがカモであることはわかるのだが、もちろん正式名称ではない。やはり野鳥図鑑はいるようである。
 西へ進路をとると最近立ち寄るカフェには今日は寄らず、ゆっくりと宮島口へ辿り着いた。観光地のコンビニエンスストアには用心してこれまた立ち寄らず、その先のコンビニで珈琲を買い、店前の隅で地べたに座りそれを飲む。スマホでニュースをチェックしたあとで文庫地図を取り出し、今日の目的地を決めた。。。

 大竹市小方地区に西念寺(さいねんじ)という浄土宗の寺院がある。大竹インターチェンジの辺りから山沿いへと進み、山陽本線の踏切を渡ってすぐに左折するとその寺院だ。車でも本堂まで乗り入れられる道もあって、自転車を押して登り本堂の前へと進む。小さな鐘楼の向こうには遠くない海が見え、なかなかの眺望だった。御由緒が書かれある案内板があったので今日はそのまま記事に使わせて頂くこととする。
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本堂の正面にその長州の役の際、幕府軍の軍艦から放たれた砲弾の着弾の跡が残っていて、なんとも感動してしまう。その戦いの時、この寺院は長州側の本陣となったらしい。また境内には立派な楠木の大樹が残っていて、この寺院の趣にインパクトを与えている。今日は32mmの単焦点なので広角で撮影出来ないのが残念だが、雰囲気は伝わると思う。
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 手を合わせて南無阿弥陀仏と三度心の中で唱え、コロナウィルスの早期終息などを祈願したあと、本堂の縁側に腰をかけ、しばし大竹市小方という街を眺めて黄昏た。お世辞抜きにこの寺院、今まで訪れた神社仏閣の中でも上位の雰囲気があり、とても気に入ってしまった。

走行距離・・・51.10km  最大心拍数・・・131







定点撮影

 ふとカレンダーに目をやると3月のままだった。ポタリングを終えると走行距離と平均速度、行先を記入するから、4月に入ってまだ一度も走っていない。桜の季節。毎年定点で撮影している場所がある。原爆ドームが正面に見える場所のベンチで少し休んでからその定点に向かう。街行く人々はほぼマスクをしていた。私も職場では不特定多数の方と接するのでそれをしているが、自転車に乗る時はせずにいる。いつも立ち寄っていたタリーズにもしばらく寄っていないな。なんかそんな自分がとても弱気でナイーブなので情けない気持ちと、そうは言っても高齢の家人にうつしてもいけないので、なるべくは密な場所へは立ち寄らない慎重さがある。さて、桜はというと、満開を過ぎて一部葉桜になっている樹、まだ蕾を残して8分くらいの樹と、場所によってさまざまである。今日走って、ジャスト満開という樹にはめぐりあえなかった。ここ数年、同じ場所で撮影しているポイントに到着したので、ザックから三脚とカメラを出してセッティングした。
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 ここは8分9分といった咲き具合。しばらくパステルのフィルターを通して青空を眺め、しばし休憩した。まぁー平日でもあるし、例の厄介なウィルスのせいで、花見をしている人はいなかった。 撮影を終えて、行きつけの自転車店に立ち寄ることにした。今使っているザックが4年目くらいになるのでそろそろ新しいものをなどと物欲が疼いたわけだ。店に入り、ディスプレイされいたザックを店員に降ろして頂き、要望に合いそうなものを担いでみたり。今使っているメーカーのドイターはしっかりした造りでかなり気に入っているので次もドイターでいいかと思っていた。ただ容量だけは実物を見ないと掴めない気もしたのでアドバイスを頂いた。結果、10ℓから14ℓくらいで良さそうだ。今日購入はせず、もう一度考えてみることにして店を出た。

 そこからはいつものBコースを走る。途中、コンビニエンスストアで山賊むすびと特茶を買い、店前でみっともなく座り、それを頬張った。むすびが昆布から鮭に変わった時、一台のトラックがバックしてきて、排気ガスを浴びてしまった。もう少し景色のよい場所でのほうが良かった気もするがもう遅い。最後の一口を特茶で流すと、また走り出す。アップダウンを繰り返して、尿意ももよおしたものだから、いつも寄るスーパーマーケットのトイレを借りて済ませ、またアップダウンをする。以前立ち寄った神社にも桜の木が咲き誇っていた。Aコースに入り、手作りソーセージのグリュックス・シュバインさんでガーリック・バジルのソーセージを贖い、お気に入りの田園風景を縫う。何度走ってもこのコースは飽きないな。以前の記事で一緒に走ってくれる人が見つかったとか言っていた。こっちはその気なのだが、先方は自動車メーカーの営業マン、忙しいわけで、中々最初のライドが決定しない。
 八幡川という自然豊かな遊歩道を下るとこれまたいつも立ち寄る、ローソンがある。やはりイートインにはせずに買った75円のアイスを店前でバーに腰掛けて舐める。そこからもゆっくりとポタリングモードだ。家に着きサイクルコンピューターを見ると走行距離が43.70km。最大心拍数が125だった。気候的にはもう最高!暑くもなく寒くもなく・・・
 家に帰ってから着替えて、プロテインを飲んだ後、部屋にある恐らくもう読まないだろう本を一部まとめてブックオフへ持ち込んだ。20冊くらいあったと思うが、合計で165円だって・・・まぁーコンビニ珈琲くらいは飲めるしよいか・・・

 あっ・・・・双眼鏡買いましたよ。次回のライドには持っていって使ってみよっと・・・



青い日々

 冬の朝。弱々しい日差しがノズルの頬を少しだけ暖めていた。午後まで授業もないので校庭でロングトーンを練習している。最初はメゾフォルテくらいの音量で、しばらく続けてフォルテシモの大きさにした。伸ばした音がレーザービームのように校舎に反響し増幅する。音大生の卒業後の進路は多岐にわたる。オーケストラプレーヤーやプロ吹奏楽団の団員、JAZZプレーヤー、しかしそれはとても狭き門であり、楽団員の空きがなければ何年もオーディションが行われる日を待ち続ける。そしてプレーヤーではなく教育者として教員になる人も少なくない。教員採用試験も難しく、これまた試験に合格しても採用される人はわずかだ。そんな厳しい進路を考えているのかいないのか浮遊している感覚で学生生活を過ごしていた。ノズルは音楽に対しては真面目で、いや真面目というかどこまでも愚直であった。愚かで素直という言葉がその練習にも表れていた。速いパッセージやテクニックに時間をさくよりも、その一音一音の音色にだけこだわって作り込んでいた。
 そんなノズルにも一つ二つとチャンスらしい仕事が依頼されたのが3年の冬だった。東京フィルハーモニーのエキストラでショスタコーヴィッチの交響曲10番を演奏出来ることになった。ノズルの在籍している学校のOBにはプロのオーケストラで仕事している人も多く、そんな先輩が所用で本番にのれない時に学生に声をかけることもある。ノズルはそのチャンスで高評価を得たい気持ちもあって、かなりの熱量でその曲をさらい、入れ込み過ぎほど、そう視野狭窄状態だった。
 「田上くん、今度の日曜日、気晴らしにディズニーランドに行かない?」エキストラの仕事に入れ込み気味のノズルを心配して、喜美は声をかけた。「本番近いし、やめとくわ・・・」「そう・・・あまり無理しないでね」「うん」 
 いつもノズルが楽器を練習するのは学校の教室か校庭くらいだったが、この仕事の前はアパートでもさらった。音大の近くのアパートはほぼ音大生だから、陽の高いあいだは多少の音量なら部屋でも練習することが出来た。そんな日を重ねさらに視野は狭くなっていった・・・
 東フィルの本番の日。かなり緊張した心のまま控室で音出しをしている。それまで磨いてきた音色を100%出せるように入念にウォーミングアップもした。その日のホールはサントリーホール。もちろんノズルにとって初めての場所だった。いつも学校で所属しているオーケストラとは弦楽器の響きが明らかに違う。「凄い・・・これがプロか・・・」と素人のように感動した。ほとんどの交響曲でトロンボーンの演奏場面は限られていて、その場面まではひたすら待ち、出番のタイミングを計る。あまりの緊張で何をどう吹いたか演奏を終えてしばらく経っても実感がなかった。あとで同級生に聞くとその演奏はラジオ放送もされていたらしく、「いい演奏だったよ」と教えてくれた。




 東フィルの本番を終えてからしばらくたったある日。Aオケの授業の前に上級生に誘われてカルテットを研究室で吹いていると、突然サードトロンボーンの音が聞き取りにくくなった。ノズル自身自分の耳に何が起きているのかよくわからなかった。少し右耳を指でほってみたが、やはり聞こえにくくなっていた。そのことを誰に告げることもせずにその日は部屋に帰って休むことにした。「まぁー寝れば治るだろう」と楽観していた。 ノズルが布団に横になると天井が自分の周りをグルグルとするような眩暈が襲った。次の日もその次の日もやはり右耳だけ音が聞き取りにくかった。そしてそのことを初めて喜美に相談すると「田上くん!一度病院に行って!」と強く心配されたので、近所の耳鼻科に行った。診察してくれた物腰の柔らかい若い男性医師は検査の後でノズルに告知した。「田上さんの症状は恐らく突発性の難聴です。いつ頃から聞こえにくくなりましたか?」「うーん3週間ほど前です。」「これから点滴と投薬でしばらく様子をみてみましょう。強いストレスも原因の一つかとは思われますが、あまり思い悩まず、何か不安があったらすぐに来てください」「わかりました・・・よろしくお願いします。」
 

 ノズルの右耳の聴力は次第に低下していき、それとともに耳鳴りも酷くなった。週一で通う点滴も投薬も一向に効果がなかった。トロンボーンを吹いていても左耳だけの聴力ではろくに音程もとれず、精神的にも追い詰められていった。ノズルのイライラは増していったが、誰にもどうすることも出来なかった。予定に入っていた仕事も丁寧に断りを入れて、卒業までの単位取得の為に授業だけは出席した。
 授業を終えてから、いつもなら楽器をさらってアパートに戻るのだけど、最近はそのまま部屋に帰り、テレビをつけたままほとんど聞こえなくなった耳でボッーと仰向けになった。突然電話が鳴った。父親からだった。すでにノズルの症状のことは家族は知っている。「ノズル!元気か!あまり落ち込むなよ。点滴と薬は続けろよ。」「うん。わかったよ・・・」「ノズル、卒業したら山口に帰ってこい。地元にもいい耳鼻科があるから・・・それからのことはボチボチ考えたらいいさ・・・」「・・・・」ノズルは返事もせずに黙って聞いていた。



 卒業式を2週間後に控えた昼、学食で立野桐はあるものを作っていた。病気の発覚以来沈んでいたノズルに誕生日を祝うポストカードの寄せ書きを募っていた。多くの仲間が賛同し、各々にノズルへの気持ちを書き連ねた。最後に桐が一言書き添えてそれは完成した。
 桜が満開の頃のよく晴れた日、ノズル達の卒業式は無事に終わった。なんとか単位取得も間に合ってノズルも卒業出来る。同級生達の顔はとても晴れやかで、ノズルも病気のことはほとんど吹っ切れていた。父親の助言に従ったつもりもないけれど、ノズルなりに山口で新たな一歩を踏み出そうと決心していた。「ノズル~入学式の時とスーツ変わってないんじゃない~」笑いながら桐が声をかける。「まぁーさんざん酒飲んだわりには体形変わってないだろう!」「ノズル、これ、みんなからプレゼント!」桐は紫色のショルダーバックからポストカードの入った封筒をノズルに手渡した。「何?俺の学生生活の恥ずかしい写真じゃーないだろうな!」「そう、飲み会の時のって・・・違うわ!まぁー帰りの新幹線の中で読んでみて・・・」「うん。ありがとな」ノズルはそれをその場では読まずにバックにしまった。


 東京発博多行の新幹線に乗り、窓際の自由席に座ることが出来た。乗車前に買っていたオレンジジュースとサンドウィッチで小腹を満たす。隣の席では座ったと同時に缶ビールを開けているサラリーマンがいた。日本語のアナウンスのあとに英語のアナウンスが聞こえにくくなったノズルの耳に届く。発車して静岡あたりまで来た頃にノズルはバックから立野からもらった封筒を開けてみた。そこにはトロンボーン科だけではなくて、色々な楽器の同級生から暖かいメッセージが寄せ書きされていて、一文字一文字を丁寧に読む。読んでは窓の外に視線をやり、また読む。それを何度か繰り返す度にノズルの瞳は濡れていった。「みんな・・・ありがとう・・・・」最後の一文を読み終えて、また外を見るとそれはそれは立派な富士山が、「心配するな!なんとかなるさ!」とノズルを励ましているようだった。






 山口に帰ってからもう25年が経つ。音楽にはまったく関係ない仕事に就いていた。ノズルの青い日は決して無駄ではなかったと・・・・


 
 終わり・・・・            「青い日々」    鴉田 独・著

月の終わりに3月

 今日は夕方からの勤務だったので、FX3で平和公園と猿猴橋付近の桜を見に行きました。新型コロナウィルスの影響もあって、そのどちらの場所も花の下で宴会をする方は居らず閑散としていました。私自身の行動も不要不急は自粛には反していますが、3密にはハマらないだろうと自転車活動だけはさせて下さいと誰かにお願いします。とはいうものの明日の休日は雨一色、部屋で本を読んだり、書きかけの小説を仕上げていこうかな~と思っています。
 さて・・・3月も少しだけ振り返ってみます。まずは自転車活動。月間走行距離は256.64kmに終わりました。近場が主でしたが、遠征で「しまなみ」に行けたのは良かったと思います。最近、部屋でスピンバイクも回していないし、ポタリングのコースも登坂してなく、脚の筋力の低下と体重増加は地味に感じます。4月は夕方勤務も増えるのでその際は坂トレを取り入れようと思っています。
 次に読書。 今月は2冊を読み終えました。一冊目は読むのに凄く時間のかかった、「辻」古井由吉・著、そして軽く読めた「インドでわしも考えた」椎名誠・著。部屋の蔵書もかなり増えてきて場所をとっているので、今度、お気に入りの本だけを残して売ってしまおうかと画策中です。
 最後に写真散歩は・・・・今月はカメラだけを持っての撮影散歩はしませんでした。今、気になっている写真アイテムがあって、それは防湿庫です。今はプラ製のBOX2つに収納してます。でも防湿庫、高価なんだよう~ 

 今日もとりとめのない記事になってしまいましたが・・・今月もお付き合い頂きありがとうございました。<(_ _)>
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先日、ポタ中に「アオサギ」くんが居たので撮影しました。 あっ・・・そうだ双眼鏡買わないと!

インド人にびっくり

 今月2冊目の本を読み終えました。「インドでわしも考えた」椎名誠・著 集英社文庫です。個人的によくインド料理の店に行くことと清潔な日本とはまったく違う世界観の言えばカオスそのもののインドへの好奇心。まったくの異国であり、文化的カルチャーショックを本からだけでも受けてしまいます。この本のジャンルは紀行文。紀行文と言えば堅いですね。実に軽い筆致でインドという国を書いています。空中に浮遊するヨガの奥義を求めて(このこと自体がばかばかしいですが)インド各地を訪れるシーナ氏。はたしてその奥義は見られたのか!? そこは読んでからのお楽しみ。。。またもう一つ心に残ったのが、聖なる河ガンジスでの沐浴について書いてある箇所です。インドでは水葬が行われていて、この聖なる河にもあちこちから死体が流れてくるらしい。さらに糞や尿も河に流すので、この河、衛生的ではないわけなのです。しかしそこは聖なる河ガンジス。多くのインド人が沐浴し、口に水を含み、身を清めるのです。私自身、極めて清潔だとは胸を張れませんが、この国で3日と生活出来るかと問われれば、「う~~~ん」と唸ってしまいそう。
 今の私に100倍くらいの勇気があれば、一度インドに行ってみたいけど・・・とりあえずはインド料理を食べながらヒンディーのBGMを聞いて、さらにYOUTUBEで関連動画を見ながら気分だけでもトリップしようかな。今月2冊目でした。
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